FC2ブログ

いなみ野ため池フォーラム開催@kakomu

2013年03月16日 17:53

 今年度をしめくくる「いなみ野ため池ミュージアム推進フォーラム」が開かれました。
 先人たちが、どれほどの苦難を越えていなみのの大地に水を引いたか、いっしょに考えてみるこのフォーラム。
 現代を生きる自分たちが、何を守り、何を引き渡せばいいのか、見えてきます。

 そして、ことしも小学生の作文コンテストの審査をさせていただき、明石、加古川、稲箕町、三木市、神戸市の各小学校から19人の受賞者をお迎えしました。
 みんな巧い。時も上手。この中から作家が巣立つかも??

 審査委員長をつとめて4年目ですが、選ぶのってキツイんですよー。
 だって最終選考まで来た作品は、どれも上手で一生懸命で、何を基準に優劣つけたらいいの、と自問自答しながらの作業です。
 かつて作文だいすき少女だった私だから、表彰されるのがどれほど励みになるかもわかってるし。

 でも、最優秀賞は、やはり、どれだけ自分の町が大好きか、そして昔の人もどれだけこのふるさとが好きだったか、思いを馳せる想像力に軍配を上げました。

 テーマにしたのは、明治初期、開国とともに、海外貿易という名の黒船が押し寄せ、不公平な関税の下に、日本の産業がなしくずしにだいなしにされていった時代のお話しです。
 なにしろ連中は植民地でタダ同然の労働力を使って農作物を作らせ、安い価格で日本へなだれこませるように売りつけるわけです。現代のTTPなど比較にならないありさまだったでしょうね。

 いなみ野は、もともと雨が降らない瀬戸内式気候のうえ、台地で水持ちが悪く、稲作には適さないことから、農民は綿を栽培して生活を立てていたのです。
 そこへインドの木綿が大量になだれこみ、苦労して作ってもまったく売れない状況に。
 しかも近代化を急ぐ政府は、税収を金納によることとし、取れ高や収入には関係なく田畑の面積に応じて一律課税をしていきます。
 たまったものじゃないですね。
 農民の暮らしは悲惨だったようです。なにしろ未納の税を集めに来た役人が、あまりの暮らしぶりに同情し、逆に金を置いて帰ったというほどなのですから。

 この窮状から脱するために、いなみ野の人々は、台地に水を引くことを決意します。
 水さえあれば米を栽培できるのです。米はそのまま人々の食糧となって飢えを癒やすと同時に、即座に換金できる最上の作物だったからです。

 水のないいなみ野の台地へ、はるかに遠い三木の山奥から水を引く。
 しかも途中は山あり谷ありで、水は必ずしも低い方ばかりに流れるわけではなく、低いところから高いところへと流さなければならないのです。
 簡単にはいきません。
 そこでお雇い外人パーマ-を招聘し、サイホンの原理を用いて作られたのが三木市にある御坂のサイホン橋。
 今もレンガ造りの眼鏡橋が川面に映る、近代遺産です。

 子供たちは現地を訪れ、驚嘆をもって見上げたことでしょう。その驚き、感動から生まれるのが誇りというもの。
 日本人は、何度も壊滅的な状況に陥りながらも、それ以上の努力と叡智をもって、はいあがり、栄光をつかんできた民族なのです。
 われわれ大人が伝えたいこと。それにはまず大人に感動があるかどうか。
 未来へのバトンタッチは、そこにかかっていると再認識したフォーラムでした。
 



-->