ラ・マンを濡らして帰った翌日は

 きのう、車で駅へ出かけるとき、もしかしたら雨が降るかな?? とは思いつつ、駅前の駐車場、つい血迷って、いちばん近い、でも露天、ってところに入れちゃった。
 わがいとしのラ・マンのZ4、致命的な弱点は、屋根がファブリックだから雨はうれしくないのよね〜。
 まあいいや、この日は早く帰ってこられる仕事だし。雨が降らないうちに帰ってこ。
 待っててちょうだい、Zくん。

 というのが運の尽き。
 なんと、仕事でご一緒した俳優の辰巳琢郎さんに晩ご飯を誘われちゃいましたよぉ。欠員ができたんですって。さあ、どーするオレ???
 悩むカードは、
 � お断りして帰って雨の降らない間にZくん救出
 � 少しはZくん濡らしても。駐車場閉門時間ぎりぎりまで晩ご飯におつきあいする
 � 雨乞いしながら男前と晩ご飯
 うう〜っ。ラ・マンを取るか、ゴージャス・ディナーを取るか。めったとない究極の選択ですよ、これは。

 で、どうしたか、って?
 もちろん�番ですよ。行くっきゃないでしょ、こんな機会はめったにないし。食い気も、ミーハー心も、そりゃ傾くってもんです、はい。

 もちろん結果は夢のような大満足。さすが名に聞こえた食通、そして名誉ソムリエ。その冠にふさわしい、王道を行く辰巳さんの晩ご飯でしたわ。ワインもすごいのばっかりで、すっごい勉強になりましたよお。

 さて、Zくんはどうなっったか? ごめんねえ、加古川駅の駅前駐車場は利用者のことあんまり考えてない経営だから、夜10時になると閉まっちゃうのよ。(そんなんありか〜! 大阪8時半には出なあかんやろが〜)
 すんすん。最終で駅に着いて、ラ・マンがいるというのにタクシーで前を素通り。あ、Zくんは濡れている・・・。

 今朝はさすがにZくんへの心の呵責で早起きし、ウオーキングで駐車場へ救出に行きました。
 あわれZくんは一晩中雨に濡れながら、ぽつん、と一人、おきざりにされてました。オー、マイ・ダーリン、アイムソりー!!

 さらにこの朝は自治会の不燃物の見張り当番に当たってました。
 我が家の不燃物も出す余裕もなく、ぼんやりゴミステーションに立つ私。
 ああ、夢のディナー。一夜明ければ、待ってる現実はこんなもん。生活にじんでますよねえ。
 さすがのラ・マンも、男前とごちそうには、ころっと負けた雨の夜。

母娘二代の卒業式

 今日はテポドン1号の卒業式でした。(大学です)
 
 アンカーの出演日だけど、私の時も母は着物で来てくれたな、と思い出し、着物は無理でもちらっと見届けようということに。
 
 ところが肝心のテポ1が、昨日遅い飛行機で卒業旅行とやらから帰り、そのまま苦楽園の家に帰っちゃったもんだから、今日着ていく服もないありさま。朝から電話でたたき起こして、服は、バッグは、アクセは、とガミガミ確認。あきませんねえ、まだこんなことやってます。結局私が持っていくはめになりましたわ。
 
 そんなんオバハンくさいとか派手すぎるとかぶうたれるんですが、厳粛なセレモニーを何と心得るか。身なりくらいちゃんとせいっ。
 ああ、私もこういう常識派になったんですねえ。歳月の力は大きい。

 講堂では、そんな歳月が流れたことなど嘘のように、私が学生だった時のまま。違うのは、私が保護者席に座ってる、ってことぐらいでしょうか。
 
 母と娘が同じ学校で、何がいいか、っていうと、母が校歌を歌える(うちは学院歌ですが)、ってことでしょう。
 今の学生は機会も少なくて歌えないみたいだけど(うちのテポも)、私は寄宿舎生だったから筋金入り。ミサやセレモニーの回数は通学生とはケタ違いに多かったですからねえ。
 おかげで、今でも賛美歌や院歌が歌える!

 保護者席では、親ごさんたち、斉唱のときにはじっと動かず黙って歌詞を眺めておられるだけだけど、ごめんなすって、私は遠慮なしに歌わせていただきましたよ。
 はい、ほとんど独唱状態です。
 荘厳なパイプオルガンの演奏がほぼ私ひとりだけのもの、だなんて、なんて贅沢な卒業式でしょう。すみません、サイコーです。

 折しも、プレジデント社から出る3月19日発売の神戸女学院の本、『女性を幸せにする大学』の予告チラシが式次第にはさみこまれて。
 はい、この本の中に登場する卒業生、私とテポとで登場してるんです。
 親子で母校の書籍に登場できるなんてほんと光栄ですが、それがこの卒業式に重なるなんて、何よりのはなむけです。
 心より、お世話になりましたこと、娘を成長させていただきましたこと、感謝いたします。

岡田山 二度目の卒業 子とふたり

このままでいいのか、いけないのか

 今日は兵庫県立芸術文化センターで(この名前、なんとかならないんですかねえ?? 口にするたびダサくって。そう思いません??)、兵庫県立ピッコロ劇団の定期公演『ハムレット』を見てきました。

 すごく変わったハムレットで、おもしろかったなあ。
 17世紀にできた古めかしい脚本も、演出でこんなに軽快なお話になるのかと、しょっぱなからぐいぐい見入ってました。
 舞台装置も衣装も斬新。
 でも、その衣装がわざわいして、(男性はみんな同じ衣装だもんで)、初めて見る人には、誰がどの役柄かわからなかったかも。もともと役者さんたちは、識別できるほど有名な人たちではないし、息子のレアティーズと父親のボローニアス、どちらも同じ若い役者さんだから、老けメイク老け衣装なしでは区別がつかない感じ。・・と、こまかいツッコミをしつつも、お芝居が終わったバウズの後は、なんだかこちらまではればれとした気分。演じているみなさんは、シェイクスピアの魂と一体化して、きっと、ぞくぞくするほどおもしろいんだろうなあ。いいなあ、一度は役者になりたかったな。
 
 それにしても、シェイクスピアの言葉の生命力って、すごい。随所に光るあの有名なせりふ、たとえばTo be, or not to be 。この舞台では、「このままでいいのか、いけないのか」になってて、なるほどなと思いながら見るのも、超有名古典を見る楽しみですか。

 いやいや、たまにはこうやって友達と食事して劇場に行ってお芝居を見る、そんなぜいたく時間を大切にしたいもの。精神的なフレッシュアップ、できました。 

お別れは、ペンで

 川柳作家の時実新子さん、逝く。
 まだ信じられない気がする。
 きっとお元気になってまたお会いできると思っていた。

 新聞社のコメント聴取で逝去を知り、呆然としているというのに追悼文の原稿依頼が同時に3件。どの新聞も、今日の紙面に載せたいからと、締め切り猶予は1日だけ。
 しかも、先に約束してあった、友人の舞台を見に三木市文化ホールに集まる予定があるし。
 それを含めた1日という限られた時間で3本の追悼文を書くのは、精神的にもきつかった。
 物理的にも、3社、同じことは書けないし。
 それでもこなせたのは、きっと私の椅子の背後に時実さんが立って、ふふん、あなたにできるかしらね、と見降ろしていたんじゃないかという気がする。
 そして、できた。
 各作、まるで何かに憑かれていたかのような微熱の文。思わず時実さんに、ほら、これでどうですか、なんて話しかけている私がいた。
 朝、原稿を送ってしまい、午後にはゲラで確認、一字ぶら下がりにまでナーバスになってるなんて私らしくもなかったけれど、コーヒーを淹れて一服したら、そのうち夕刊が届いて、私の追悼文が載っていた。
 自分の文章なのに、泣けた。そこに載っている時実さんの写真があまりにもいきいきしていて。
 本当に、もうどこにもいなくなられたの?

 犬が膝に載ってきて、そのまま仮眠。でも目覚めたら、なんだか頭がすっきりして、生まれ変わった気分だった。きっと、これで、お別れできたのだ。

 金沢からのたより到着、冬がもどって、いつもどおりの雪景色とか。
 よりにもよって花のない、こんな時を選んで旅立った時実さんの、最後のフェイント。凝りに凝った双肩を、マッサージチェアにゆだねる私だ。

    もどり雪 花なき机で きみを書く

プロフィール

玉岡かおる

Author:玉岡かおる
兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。1989年、神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』で新潮社より文壇デビュー。2007年11月「お家さん」刊行

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